「免許返納」がこんなに大変だったとは💦
今日は、私の高齢の母親が免許返納に至るまでの長い道のりを紹介します。
反省点も多いですし、いろいろ甘かったかもしれない。もっとできることもあったかもですが、その時できることを全力でやった結果です。実際に手放すという選択をさせるのが想像以上に大変でした。
こっそり免許を捨てるとか、目の前でハサミで切り刻むとか、そういうので解決できるようなことではなくて。
本人にしっかり決断させなければならなかった。これが難儀を極めました。
今、苦しんで、悩んでいらっしゃる方に何かしら参考になれば嬉しいです。
流れはこんな感じ。
- 事故前
- 事故
- 廃車後もなお
- 神頼み
- やっと
でわ早速っ。
【事故前】
実家で一人暮らしの母親は80歳超。
思えば危険な兆候はたくさん出ていました。
このままでは危ない。
いつか絶対やらかす。
でも運転歴も長く、田舎暮らしでは車での移動が全ての基本で。
子供としても、不安はありながらも免許があってよかったなぁと思ってました。
しかし
少しづつ、同乗時に危険を感じるようになりました。
車に傷が増えてる。
原因を尋ねても曖昧な返事でごまかす。
スーパーの駐車場の出入りで、自転車や、歩行者に少し触れても平然と運転している。
まぁ、多少は鈍くなってくのは仕方ないか。。。なんてこちらも思ってしまって。
でもどんどん酷くなって、さすがにまずいと思った出来事がこの2つ。
1)エンジンをかけられない
駅に迎えに来てもらったあと。
さぁ、出発しよってなった時に「エンジンがかからない」と言い出したのです。
私は運転しないので、何が起こったのかわからなくて。
キーを刺してもかからない、と言い張る母。故障?ディラーに電話?JAF?
駅前のロータリーで困り果てて、とりあえず兄に電話して。
一つ一つ手順を踏んで、最後にエンジンをかけることはできました。
何がいけなかったか結局わからないまま。
そう、「いつもやっていることができない」状態が出てた。
今考えても、そのあとよく無事だったと震えます。
2)いつもの道がわからない
二つ目は、一人で出かけた際に起きた出来事。
自宅から、かかりつけ病院へ運転し、その帰り道。
なぜか道がわからなくなり、高速に乗ってしまったという。
自分でもどこを走っているか全くわからなくなり、こわくなってパーキングに入り
そこの方?どなたかに道に迷いましたと言って、帰り道を案内してもらったと聞きました。
本人一人だったので、どこまでほんとかよくわからない話ですが、とにかくいつもの道を迷って帰れなくなったということ。
「やんなっちゃうわ」と笑いながら話す母に、頼むから早く返納してくれと祈るように必死で訴えてました。
【事故】
そしてその日がきました。
母が事故ったと連絡を受けました。
駐車場で他の車にぶつかったと。
一時対処が終わってから、兄経由で連絡を受け。
その時は、まるで大したことのないような話でした。
ちょっとぶつけちゃって、よくわからないっていってると。
後で警察、保険会社等に連絡をとってみると、車3台がぶつかった上に、本人の車は廃車という
なかなかの大事故と判明。車の中に人もいたと。
母親は特にひどい怪我を追っておらず、相手方も通院になるようなこともなく。
それは不幸中の幸いではあったけれど。
とにかく、本人の自覚のなさにショックを受けました。
自分で連絡したのかとか、事故時の状況とか、しどろもどろで。。
何がいけなかったのかも分かってないし、事故後にどんなことをしたのかもわからないという。
本当に怖かった。
震えました。
人を殺してなくてよかったって。
【廃車後もなお】
自分の車は廃車と判定されて、これでもうさすがに運転しないだろうと。
こんな大事故を起こして、さすがに観念しただろうと思ってました。
ところが。
新しい車を買うと言い出した
もう絶句。。。
何を考えているのか、わからない。
母親の言い分は
・あと2、3年は絶対乗りたい。
・車がないと医者にも買い物にもいけない、日常生活できない
・趣味の習いごとも通えなくなってしまう
いやうん。。。
分かってる、免許返納=ほぼ「⚫︎ね」というような残酷な宣告だということは。
生きる楽しみも、利便性も放棄して我慢しろと言ってることも。
行政の高齢者政策なんてないに等しい。ひどい言い方で申し訳ないですけど
実際免許返納者に対するサービスなんて、スズメの涙です。
使わない、使えないものを見栄え良く並べたわずかな優待のみ。
タクシーもバスも、とても足代わりにできるレベルのものはないし、
田舎のバス乗り場は少なく遠いうえ、本数も少ない。都会とは全く違う。
タクシーだって、高齢者は呼んでも拒否されることだってあるのが実態。
歩け、足腰が痛くても。
それが嫌なら、家でじっとしてろって。
まだ元気なのにね。残酷です。
でも、こんな事故を起こしてなお、もう一度乗ることしか考えないような人に
車を運転する資格などあるわけがない。
鬼と言われても、譲れない。
【神頼み】
なかなか返納に同意しない母親に業を煮やす日々。
ここで免許を隠したり捨てたりしたところで、なんとか入手して、なんなら車もディラーに行って買ってしまうかもしれない。
目の前でカードを切り刻んでやりたい気持ちを抑えて、あれこれ説得を試みたけど。他人に迷惑をかけてはならないという理論が通じない。もうこれは病気なのだ、理屈は通じないんだ。かといって絶対に乗せてはいけない。ここで兄弟で力を合わせて説得という。。話になりきらなかった💦
兄に「お母さんが可哀想」って言われて、正直びっくりした。
確かに私はすごいキツイ言い方で、母を攻め立てていた。
高齢者にも人権がある。優しくいっても届かないからって北風は逆効果に。少し反省した。
でも、だからといって、本人の気が済むまでって言われるとは想定外で。
ありえない、絶対ありえない。
自分の快適さのために、罪のない人の将来を奪うようなことは絶対あかん!!
ただ兄の気持ちも分かって。どんなに言葉を尽くしても響かないから、もう心折れてるんだよね。
それでも、それでもやはり子供の勤めで義務で責任。
絶対諦めてはいけない。人の命がかかってる。
どのくらい説得を続けたかわからない。
会いにも行って、電話でも話して。
でも、わかってもらえなかった。私はただ彼女を傷つけただけだったみたいです。
理論で諭しても、感情に訴えても、結果は変わらなかった。
もう諦めるしかなかった。私は無力だった。
でも最後の最後、神様に祈ってみた。
「もう私にできることは何もないみたいです。何が最適かもわからない。でもどうか、全てにおいて一番良い方法で決着がつきますように」って。
すると翌日、兄から電話がきて。
「お母さん、免許返納するって言ってきた」と。
私は安堵で泣きました。
【やっと】
なんか、嘘みたいな決着。
最後の最後は神だのみ、神様天使様で。
笑ってくださって結構です、おかしいですよね、もう😭。
でも私はただ、感謝しかなかったです。
万策尽きてましたから。
警察にも保険会社に方にも、返納を促す話をしてもらっていたし、
緩急つけながら、もてる説得テクニックの全てを尽くして粘り強く説得を試みたけど、石のように動かなかった彼女の心。
それが、突然ふわっと動いたんですから。
それだけでもう、十分。理由なんかなんでもいい。
よかった。
本当によかった。
これ以上、誰かを傷つける心配がなくなった。
晩年を刑務所で過ごす恐れもなくなった。
とにかくほっとして、身体中の力が抜けました。
子供としての義務は果たせたかなぁって。
未だに生活の不便さを訴えてくる母ですが、もう乗る意思はなくなったようです。
行動範囲も狭まって心身ともにどんどん衰えて、見ているこっちも正直辛いです。
残酷なものです。
それでもやっぱり返納できてよかったと思います。
感謝しかないです。